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自分探しのジレンマ ー 大学で宗教の勧誘をされたときの話

思ったこと

大学でいつものように学食でエクストリームボッチ飯をしていた時、
いきなり2人組の学生が自分の席に前に座って
「いまお時間いいですか?」と言い出した。
(中略)
紙芝居をペラペラめくりながら説明されます。

学生「中学にはいりました、高校受験を頑張ります。」
学生「高校にはいりました、大学受験を頑張ります。」
学生「大学にはいりました、就活を頑張ります。」
学生「社会人になりました、仕事を頑張ります。」
学生「さて、その後は何だと思いますか?」
わい「お墓ですね」
学生「すごい、よくわかりましたね!」
わい「そんなことないですよーてへへ」載せられる
学生「僕たちは生きる意義とかについて考えてるんですよ。」
(後略)
と、言う具合の宗教の勧誘でした。
 

これに対する答え

自分個人が生きる意義に固執するほど、逆に孤立感は深まる。
 

理由

「青年期」、「初期成年期」の課題は主に対人関係で成り立つため、自己に固執するほど、自分の不安に固執するほど、かえって答えは遠ざかる、孤立感は深まります。発達課題 - Wikipedia

言い換えると、不安を解消しようとして、そんなこと考えれば考えるほど、不安になります。ちょっとしたジレンマですね。満足感、安心感が得られるようにしたければ、友達、彼女作ったり、仕事で認められたりしたほうがいいですよ、という話です。

ここでのポイントなのは、なぜ不安なのか、満たされないのかが直感的には、わかりずらいということ。

特に現実があまり充実していない(リア充でない人)は、ワイのように満たされた経験がないので、どういうときに充実感があるのか、というのが直感的に理解しずらく、頭で考えようとして宗教に走ってしまうというオチですね。




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