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なぜ、日本は終わったのだろうか?


なぜ、日本は終わったのだろうか?

理由: 勤勉という国民性が、経済的需要とマッチしなくなったから。

歴史を見ると覇権を握る国となる要素は、その国の国民性、価値観と地理的関係が強く影響するように感じる。例えば、スペイン、ポルトガルに見る大航海時代は彼らの冒険的精神と大航海時代という時代が適合したからである。加えて、新大陸に面していたことも非常に大きい。

日本は、明治維新以前もそうであったかはわからないが、命令に忠実であった。日露戦争における203高地への決死の突撃。第2次世界大戦時の特攻。このような極端な忠実、言い換えれば勤勉性は、第二次世界大戦以降、経済発展に寄与することが非常に大きかったように感じる。

日本の場合、第二次世界大戦を経て資産家が減り富が分散し、知識労働者も含めた労働者階級の地位が向上した。当人のみならず、その子への教育に割ける時間、財産の余地が生じ、継続的な国民一人当たりの GDP の向上に大きく寄与した。

新規産業の欠如

しかし、それらはアメリカからの技術的なキャッチアップが主たる要因である場合に有効であり、自身で生み出す際には非常に苦慮する。その点で頭打ちを日本は迎えていると感じる。

また、よく日本はなぜシリコンバレーが生まれないのかというような議論を見かけるが、教育云々で天才を作ることはできず、とどの詰まる所、これも、また日本人の国民性、価値観に大きく起因するように感じる。

アメリカ等は、起業に対する価値に大きく比重を置く人間がそもそも多く、持ち駒がたくさんあるように感じる。新しい産業を生み出したいというのならば、まず日本人の価値観から大きく変える作業が必要になってくる。

一部、天才的才能の持ち主、それとともに情熱を持った人間がなぜここにきて現れたなくなったのか、これは十分に検証、再考する必要がある。個人的に思うに学校道徳が強烈に影響を与えていると考える。

中産階級の没落

加えて、現状の知識労働者も含めた労働者階級の地位は、フリーターの言葉に表されるように、明らかに低下の一途を辿っている。その結果、そこから十分な教育を受けることけず、また労働者自体の質の低下と、GDPの低下となった表れてきている。

残念ながら、その国民性、驚異的な勤勉性も悪い意味で変わりつつある。例えば、DQNネームに代表されるように文化的、価値観な退廃も進みつつあり、将来的にはイタリアのような国、国民性になると考えられる。

そのイタリア自体も共和制ローマローマ帝国と言った国を形作った頃に彼らが持っていた価値観と、いまのイタリア人が持っている価値観は大きく変容してしまったように感じる。

新規産業の欠如の問題と、中産階級没落の問題は分けて定義考える必要性がある。いずれにせよ、中産階級の没落は民主主義の名においては、労働者階級の怒りとしてイギリスのEU離脱であったり、あるいはアメリカのトランプ台頭に例を見るように大きな危険性をはらんでいる。

これに対する対処としては民主主義から、労働者階級から選挙権を奪い再度貴族主義的な制度に移り変わることなども考えられるが、個人的にはそうはなって欲しくないし、奪われたくない...

また資産家階級の富自体も労働者階級からもたらされることを考えれば(もしかしたらそうではないのかもしれないが)、やはり健全な中産階級というのは必要なのではないだろうか。

古代のローマ人は、非常に規則に忠実だったと伺う。それは彼らが使用していた言語、ラテン語にも如実に表れているように感じる。

日本の人口の減少も進むため円の価値も相対的に下がることが予想され、外貨による資本の貯蓄が有効ではないかと考えている。

合わせて中国は経済規模が非常に大きく、かつ覇権主義的な行動をとる傾向にあるため、経済的にも軍事的にも対外的な進出を継続すると考えられる。日本はこれを抑えることができず、周辺アジア諸国と同様に経済的に従属させられる可能性が高いと考える。

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