日本衰退の原因について


なぜ、日本は終わったのだろうか?

原因1: 価値観の破壊が起こらないから。

歴史的に見て、国体を変えるのは基本的には俗に頭がいいと言われる少数の人たちだと思う。でもその人たちは、今日、何か目新しい新しいイノベーションを見出したり、大きな産業を起こしたりすると言うことは見受けられない。

日本人は、現状然りとしてそれを受け入れる傾向にある気がする。その現在の現状をベースにして改善を試みるようなことはしても、現状そのものを破壊することはしない。

いまある枠組みの中で出世であったり、あるいは起業するにしても事業を起こしたりする。もちろん、そう言う破壊的な価値観を持っている人たちもいるとは思うけど、

ただ、絶対数として、日本人が自で持っている価値観として、いまある枠組みを受け入れる人が多い。そう言う破壊的な価値観をもつ人が母数として少ないから、その中から優秀な人というのがなかなか出にくいのだと感じる。


歴史的に見て、日本は驚くほど2度の危機あるいは社会情勢の変化に適用して復活を遂げた。具体的には1つは明治維新であり、2つはいわゆる戦後である。なぜこれらの危機に対応できたのだろうか?

これは既存の価値観が破壊されたからであると考える。明治維新にしても、戦後にしても日本人は価値観を破壊したのではなく、価値観を破壊されたのである。誰かが、あるいは何かが既存の価値観を破壊しない限り

たぶん優秀な人たちは表には、この先も出てこないと思う。


ただ、価値観の破壊というのは、明治維新にしても戦後にしても凄まじい量の血が流れていることを考えると、決していま行きている世代に恩恵があるとは思えない。

それはちょうど、団塊の世代であったり、そのすぐ下の世代が恩恵に預かっているけど、戦前の世代の人たちは凄まじい戦火に苛まれたようなものと似ていると思う。

恩恵に預かった世代の人たちが、よく日本は俺が作ったって言ってるのを見て、なんとも言えない気持ちによくなります。どれだけの社会保障負担を後世に世代に強いてその発言をしているのか。

反面、もし価値観の破壊に遭遇すれば、おそらくその世代は、安楽死の容認であったり、優生学に基づくような出生調整がなされると考える。おそらくその際は単純に年収ベースで出産する子供の人数が決められると考える。単身者には税が課せられる。

このような施策が世論に受け入れられるのは、価値観の破壊か、あるいは喫緊の事態に至ってからだろう。

たぶん、今後も価値観の破壊は起こることなく、日本はこれからも衰退の一途を辿ると感じる。なぜなら、それは出生率や財務状況などが端的に、これだけ現状が凄惨であるにも関わらず、所謂、日本礼賛番組に代表されるように俺たちすごいを信じたい層があまりに多すぎて、自分が信じたい事実信じ抜いてしまっていて、価値観の破壊に影響を及ぼすのでは無いかと考えているから。

確かに上位の少数の人々によって体制は変えられるが、いまの民主主義においては、私自身を含む圧倒的多数の下位層の価値観も選挙などを通じて強い影響力を持っていると思うからである。

つまり、破壊的価値観を持った優秀な人間が権力を握れないということである。

現在は、一種の衆愚政治の観を呈していて、底辺層に乗っかるようにして、価値観の破壊を拒む人たちを巻き込むようにして支持基盤を広げて、戦前回帰的な動きを見せる現安倍政権においては、価値観の破壊はかなり厳しいだろうと考えるからである。

安倍政権においては、過去への復古によって立て直しを図ろうとしているが、それは日本人が革新を求めるに当たって絶対に必要な「価値観の破壊」という条件と完全に矛盾し、ジレンマに陥っている。

原因2: 勤勉という国民性が、経済的需要とマッチしなくなったから。

歴史を見ると覇権を握る国となる要素は、その国の国民性、価値観と地理的関係が強く影響するように感じる。例えば、スペイン、ポルトガルに見る大航海時代は彼らの冒険的精神と大航海時代という時代が適合したからである。加えて、新大陸に面していたことも非常に大きい。

日本は、明治維新以前もそうであったかはわからないが、命令に忠実であった。日露戦争における203高地への決死の突撃。第2次世界大戦時の特攻。このような極端な忠実、言い換えれば勤勉性は、第二次世界大戦以降、経済発展に寄与することが非常に大きかったように感じる。

日本の場合、第二次世界大戦を経て資産家が減り富が分散し、知識労働者も含めた労働者階級の地位が向上した。当人のみならず、その子への教育に割ける時間、財産の余地が生じ、継続的な国民一人当たりの GDP の向上に大きく寄与した。

新規産業の欠如

しかし、それらはアメリカからの技術的なキャッチアップが主たる要因である場合に有効であり、自身で生み出す際には非常に苦慮する。その点で頭打ちを日本は迎えていると感じる。

また、よく日本はなぜシリコンバレーが生まれないのかというような議論を見かけるが、教育云々で天才を作ることはできず、とどの詰まる所、これも、また日本人の国民性、価値観に大きく起因するように感じる。

アメリカ等は、起業に対する価値に大きく比重を置く人間がそもそも多く、持ち駒がたくさんあるように感じる。新しい産業を生み出したいというのならば、まず日本人の価値観から大きく変える作業が必要になってくる。

一部、天才的才能の持ち主、それとともに情熱を持った人間がなぜここにきて現れたなくなったのか、これは十分に検証、再考する必要がある。個人的に思うに学校道徳が強烈に影響を与えていると考える。


ただ、正直勤勉であったかどうかは、怪しいか...

外部の文化を需要する能力の欠如。


原因3: 中産階級の没落

中産階級は実質的な富の源泉である。

加えて、現状の知識労働者も含めた労働者階級の地位は、フリーターの言葉に表されるように、明らかに低下の一途を辿っている。その結果、そこから十分な教育を受けることけず、また労働者自体の質の低下と、GDPの低下となった表れてきている。

残念ながら、その国民性、驚異的な勤勉性も悪い意味で変わりつつある。例えば、DQNネームに代表されるように文化的、価値観な退廃も進みつつあり、将来的にはイタリアのような国、国民性になると考えられる。

そのイタリア自体も共和制ローマローマ帝国と言った国を形作った頃に彼らが持っていた価値観と、いまのイタリア人が持っている価値観は大きく変容してしまったように感じる。

新規産業の欠如の問題と、中産階級没落の問題は分けて定義考える必要性がある。いずれにせよ、中産階級の没落は民主主義の名においては、労働者階級の怒りとしてイギリスのEU離脱であったり、あるいはアメリカのトランプ台頭に例を見るように大きな危険性をはらんでいる。

これに対する対処としては民主主義から、労働者階級から選挙権を奪い再度貴族主義的な制度に移り変わることなども考えられるが、個人的にはそうはなって欲しくないし、奪われたくない...

また資産家階級の富自体も労働者階級からもたらされることを考えれば(もしかしたらそうではないのかもしれないが)、やはり健全な中産階級というのは必要なのではないだろうか。

古代のローマ人は、非常に規則に忠実だったと伺う。それは彼らが使用していた言語、ラテン語にも如実に表れているように感じる。

日本の人口の減少も進むため円の価値も相対的に下がることが予想され、外貨による資本の貯蓄が有効ではないかと考えている。

合わせて中国は経済規模が非常に大きく、かつ覇権主義的な行動をとる傾向にあるため、経済的にも軍事的にも対外的な進出を継続すると考えられる。日本はこれを抑えることができず、周辺アジア諸国と同様に経済的に従属させられる可能性が高いと考える。



国民のための国家なのか、国家のための国民なのか

http://satlaws.web.fc2.com/0140.html

日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。

後者に至っては、「なぜそれを憲法で規定する必要があるのか?」という根本的な疑問に行き着かざるを得ません。彼らは、憲法国民の道徳教育をしようというのでしょうか?

日本国憲法と自民党改正草案の“前文”を読み比べてみましょう - wakaben6888のブログ

国家のための国民を示唆している。

我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。

日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する。

国民のための国家であることを見極められず、国家のための国民とした。政治体制上やむ得ないこともある。しかし、今般の情勢は到底それを容認するべき時では既にない。そしてそれが第二次世界大戦下での非合理的な命令、宗教的な盲信に至った経緯である。


国家のための国民を作りたいと思ってるんやろ。日本国憲法改正草案 前文 「日本国は ... 天皇を戴いただく国家 ... 日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り ... 国家を形成する。我々は ... 国を成長させる。」

なぜ憲法草案が文章として醜いのか。

もう一つの矛盾

労働法を守らないことにより、ブラック企業が跋扈することによって、実質的に中間層が疲弊している。このような疲弊の原因には、従順すぎることが問題だと考える。

これ以上、日本人を従順にしてどうするつもりなんだよ。ブラック企業が跋扈しても、誰も文句を言わず、日本人は疲弊してるくらいなんだぜ。現状の何を問題にしていて、どう改善したいのかが、全く見えてこない。

「自分で稼いで食べているわけでもない子供に下手に『権利』なんて覚えさせちゃ駄目よ! ろくな大人にならないわ」
 日本会議政策委員の百地章日本大学教授が監修した冊子「女子の集まる憲法おしゃべりカフェ」には、47歳の主婦が、こんなふうに叫ぶ場面がある。

http://www.asahi.com/articles/ASJ6K6W6PJ6KUTFK01F.html

自身の権利を守らないが故に、中間層が疲弊指定しまているのである。この意味でも安倍政権の政策はジレンマを抱えていると感じる。

そうでなければ労働法を徹底させる必要性がある。しかしそれもしない。これでは中間層が疲弊して当然である。

また派遣法で定められた指定の基準で持って出生率を計算すれば自ずとそれもわかるはずである。それ以下にしているのは間違っている。

またこの意味においても、安倍政権は価値観の破壊を阻害してしまっている。

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